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2015年8月

2015年8月29日 (土)

ビーフシチューが食べたくて

肉の塊が食べたくなった!!

って思いながらホームセンターに買い物!

軽トラの幌を止めてるゴムバンドが、切れてやって

ゴムバンド買いにです

たまたま寄ったホームセンターが食品スーパー併設店

肉の塊有るかなと・・・・・覗いたら有りました

ローストビーフ!もも肉はお高いので

安い肩ブロックに!!あとデミグラスソースの缶詰!赤ワイン購入

 

調理開始

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しお胡椒してまずは焼きます

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本当は赤ワインに、お肉と野菜少し漬け込んでおけばいいんですが

そんな時間はない

圧力鍋に開いたお肉と玉ねぎ、にんじん、セロリ入れて

赤ワインとコンソメスープで煮込みます

圧が掛かって15分ぐらい加圧、その後火を止め放置15分

再加圧10分、圧が落ちるまで放置(15~20分位かな)

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お肉とセロリ取り出して、後の野菜はブレンダーでつぶします

一度網で越してスープを戻しデミ缶入れて混ぜ

マッシュルームとお肉入れて煮込みます

我が家にはマッシュルームはありませんので,ブナしめじで代用

じゃがいもとニンジンをグラッセに煮ときます

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付け合わせて完成!!(いんげんは冷凍品)

これはおつまみ用なので、一番小さいお肉

そうそう!料理に使った赤ワインが半分以上残ってる

残しても酸化しちゃうだけだから

飲まなくっちゃね!!

赤ワインからいただきます

お肉も匙で切れました

本格的にビールから日本酒に

シチューも二杯目に!!今度は大きめにお肉で

以外に合うんですよ日本酒!!

ちょっと酸が立つ冷たい吟醸酒がね

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出羽燦々(33)を自家精米にて、3.3日かけて、33%まで磨き

値段も3333円 3並びのお酒


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2015年8月24日 (月)

水戸観光

水戸まで、ひとっ走りしてきました

うちの変わり者の娘に頼まれてです

水戸偕楽園にある、徳川ミュージアムへ行きたいとのこと

理由は、特別展示品の刀が見たい

燭台切光忠 

  • 伊達政宗の小姓某に少々の不行跡の事があり、政宗より懲戒を与えられるも少しも懲りたところがなかったため、差していた光忠の刀で抜打ちにこの小姓を斬った。
  • 小姓は二つになって倒れたが、切先がその先にあった燭台を真ん中より切り落としたために以後「燭台切光忠」と号したという
  • 火事で焼けた刀なんか私は興味ないけどね

    でも行ってみましょう!!

    朝早めに出たので渋滞無しの順調走行でAM9:00到着

    開館前なので

    常盤神社へお参り

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    水戸黄門檨を祭る神社です

    神社さんは良いですよね!!神主さんが掃除中でした

    次は 弘道館へ

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    弘道館の中をグルリとみてきました

    水戸藩の藩校です徳川慶喜もここでまなんだそうです

    そして、お待ちかねの徳川ミュージアムへ

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    私的には期待したものは・・・・・・・・・でした

    それにしても!若いおネーちゃんたちが多いですね

    うちもそうですが!!

    なぜか?刀観て感動してる

    (焼けた刀だぞ)

    不思議な光景でした

    水戸を後にしてお昼食べ帰路に

    帰りの途中でここにも寄ってみました

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    江戸の街並みです

    NHKの時代劇セットです

    昔は観光客も多かったんでしょうが

    3組ぐらいしか見かけなかった

    江戸時代にタイムスリップした感じになりますね

    ただ!!結構壊れてるね

    この日も、何かの撮影が行われてました

    明治時代のセットは立ち入り禁止でした

    大河ドラマかな

    歴史のたびになりました!!


    2015年8月21日 (金)

    御用達畳師 伊阿弥氏

      室町幕府の時代に藺草作りのから

    足利義満(鹿苑院義満)の同朋衆となった方の家系図です

    谷川四朗左衛門 信勝!!

    同朋衆名は 藺阿弥 (藺草を栽培していたから)

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    宗珍は織田信長より石見守の官位を頂いており

    天下一 の称号の朱印書を頂いたとされてます

    称号とともに、伊阿弥性を名乗りました

    その子ども 長勝 家長は豊臣秀吉に仕え

    関ヶ原の合戦後には、家長は徳川家康と共に江戸に下り

    (そのとき京都の畳職人30人もつれて江戸にね!)

    江戸城の畳取り仕切り『御畳大工』となりました

    官位も伊予守を授かりました

    長勝は大阪城落城とともに没し、子孫は京都にて隠居生活を送りました

    のちに京都で禁裏御用『御作事畳大工』として従事していきます

     

    江戸と京都の伊阿弥家は畳師では頂点として畳業に従事していきます

     

    江戸城の畳大工は伊阿弥家のほかに早川家、中村家の三家で

    世襲で受けついていきます 江戸城のほかに日光・久能山などの幕府の管轄建物

    (水戸・尾張・紀州のお城なども築城時には畳役として出向いてるとのこと)

    の工事も承っていたそうです 

     

    余談ですが

    布団会社の大手!!西川産業さん(1556年創業)

    近江商人で蚊帳や寝茣蓙、筵の販売からスタートして

    1600年ころには畳表の販売してたんですよ 

     

    江戸時代!!職人30人ぶちを頂き 仕事が来るのを待機

    何かすごくいいような気がするね

    畳大工っていい仕事だったのかな!!

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